Just Blabbering

カナダで同性婚をしたアラフィフのおじさんのたわごとです。

【実話】エスコート時代を回想しました。

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ボンジュール☆

平成が過ぎ令和が始まりましたね。
だからどうなんだって正直思う自分がいない訳でもありませんが。。。
ある意味での節目だし、セルフセラピーも兼ねて、アテシのエスコート時代を回想してみる事にしました。

本当の物書きだったら、ドラマチックに話を書けるんだろうけど、何せアテシにはそんな才能はありません。

ダラダラと書くだけになりますがよろしければお付き合いください。

経緯

以前、経緯はその状況については書いたことがありますのでそちらをチョッパいど覗いてみてください。
www.auntie-k.com
 
もう20年以上前の話ですが当時どう過ごしていたのか今日は書いてみたいと思います。
あっ、内容がもしかしたら過激かも。。。
念のために事前注意お願いします。

Pretty Women?

まぁー、こんな出来た話はないですよね。
アテシはエスコート会社と契約していました。
会社と言っても、ゲイ・カップルが二人で経営していたものです。
でも、そのおかげで道端でお客が来るのを待ったりってことはありませんでした。
お相手からの電話もアテシは直接受ける事はありませんでした。
全て代表が受け、事前スクリーニングをしてくれました。
アテシが可能なプレイや不可能プレイ、タイプの人や不得意な人などは事前に話をしているので、アテシに連絡が来るときは、時間と要求されている内容の確認だけ。
料金の分配は、アテシが7割プラスチップ。
3割を渡していました。
その3割で広告やお相手との約束場所までの車移動をしてくれていました。
アテシは自分の収入から家賃と食費を払って、残りは貯金に当てていました。

仲間との生活

当時アテシは家なき子状態でしたので、エスコート会社を経営している人の自宅にお世話になっていました。
ゲイのカップルで、その片方もアテシたちと同じようにエスコートをしていました。
本当に面倒見の良い二人でした。今でも感謝しています。
アテシの他にも同じような境遇の仲間が3人ほど一緒に生活をしていました。
ちょっとした家族ドラマでしたね。
みんな色んな過去を抱えて兎に角前に進もうと努力していました。
今考えると麻薬中毒だったり、アルコール中毒や博打中毒や暴力を振るう人は誰もいなかったなぁ。。。
共同生活だったけど、基本自由で本当に必要以上に一緒にはいなかった。
食事も一緒に食べても食べなくても良いし常時連絡が取れる状態だったら問題なしでしたね。
そうそう、当時はピッピですっけ?
こっちではビーパーとかペイジャーとか言っていましたが、それを使っていました。
どこに行くにもポケットに入っていました。

間一髪!危なかった。

このカップルですが、自分たちエスコートを出来るだけ守ろうとしてくれていました。
お相手のスクリーニングもそうですが、約束先のモーテルだったり地域だったりをすごくよく把握していました。
それでも完璧ではありません。
今思い出しても身震いするエピソードがアテシにもあります。
一度だけ、警察に捕まりそうになったことがあるんです。
警察のおとり捜査でした。
一軒家だとかアパートとかは個人所有でおとり捜査にはあまり使われないそうです*1
モーテルが一般的に使用されると聞いていました。
そのせいもあって、地域のモーテルはドライバーが必ず下見をして、ドアが駐車場に向いている場所を指定していました。
そしてモーテルの部屋に入る前には必ずドライバーと目で確認をする様に義務付けられていました。
その理由は、隣の部屋だとか数戸離れた近辺の部屋に警官が隠れていないか、他の階に変な動きがないかドライバーが確認してくれているからです。
この日はモーテルの4階だったと思います。
エレベーターもないモーテルで、いつもの様に気をつける様に言われ車を出ました。
階段を登り切った辺りだったと思います。下のドライバーを見たら戻る様にモーションしていました。
即、踵を返して階段を降り車に乗り込みました。
車の中で、ドライバーが「横になって顔を隠せ。危なかった」
そう言われた瞬間心臓がバクバクし出して車の中で吐いたの覚えています。
それからアテシはモーテルでクライエントと会うことは無かったです。
今でもモーテルに宿泊はしません。

色んな人に会いました。

マジで色んな人に会いました。
お相手が持って来た野球着をアテシが着たり脱いだりするのを見ながら自慰したいだけの人。
一緒にお風呂に入って欲しい人。
カードゲームをしながらその日の話を聞いて欲しい人。
もちろん、がっつりやりたいだけの人が大半でしたが。。。
レギュラーで会っていた有名人もいましたし、スポーツ選手もいました。
あの選手どうしているかな。。。
でも、一番辛かったのが妻子持ちの相手でした。
昔も今も複雑な心境になるのは変わりありません。
体を売っている/いたアテシが善し悪し述べれる立場じゃないです。
でもこればかりは今考えても胸騒ぎを覚えて仕方ありません。

ラッキーでした。

お相手した人の数は正直数え切れません。
もちろん全くフリーの日もたくさんありました。
週末などは多い時は1日で5名なんてざらでした。
でも、性病に1度もかかった事がないんです。
毎週の様にクリニックに検査に行っていました。(行かされていたってのが正しいか)
お相手している人から怪我させられたりもしませんでした。
一緒に暮らしていたローレンゾは、相手の一物が大き過ぎて後ろの扉がちぎり裂けてしまって数ヶ月入院する結果になりました。
もう一人(名前忘れちゃった)は、ラフプレイの最中に目を強く叩かれて失明寸前になったりもしました。
そう言った体への被害はラッキーな事に全くありませんでした。
きっと、アテシが不可能のプライが多かったからですかねw。
何はともあれ、そう言った面では本当にラッキーでした。

そんなにラッキーでもない。

肉体的な被害は無かったですが、精神的には多く影響しています。
嫌な経験だったり、もう勘弁してって言うお相手の話は腐る程あります。
その手の話はどうしても表現もグロテスクになってしまうので愛割しますが、そう言った経験が結果としてトラウマとしてアテシに残ってしまいました。
夫くんにもアテシの過去の話はもちろんしています。
ここまで詳しくは話していませんが、彼も聞きたくはないですよね。
本当にちょっとした仕草や動き、言葉や息の使い方とかで、すぐに思い出してしまうんです。
そうなると一気に冷めちゃってチャンチャン。
ごめんよ、夫くん。
アテシだけじゃなくて夫くんも決してラッキーじゃないでしょ。

最後に

これはアテシが人生で一番後悔している時期の話です。
誰でも出来る経験ではないですし、落ちるところまで落ちたけど歯をくいしばってここまで這い上がって来ました。
そう簡単にはアテシも潰れません。
でも、アテシには精神的なマイナス要素が大き過ぎました。
アテシには不向きだったはずなのにやってしまった。。。
いまだに思い出して夜中魘される時もあります。
物事には向き、不向きってありますよね。
後悔先に立たずです。
今となっては、これも自分だと抱えて行くだけです。
 
*1:あくまでも、私が20年以上前に聞いた話です。