Just Blabbering

カナダで同性婚をしたアラフィフのおじさんのたわごとです。

12月1日の今日は【World AIDS DAY】です。

ボンジュール☆

今日はワールドエイズデーです。

ja.m.wikipedia.org

 

世界エイズデーは、世界規模でのエイズ蔓延の防止、エイズ患者やHIV感染者に対する差別・偏見の解消を目的としています。

 

はじめに

今はもう映画でしか見る事が出来なくなったほど医学/医薬が進み、一昔前は「死の宣告」とされていた「HIV/ AIDS」も糖尿病のように「Manageable Disease (管理可能な、対処可能な病気)」になりました。

それでもHIV」と「AIDS」の違いはまだ知らない人は沢山いるのでは無いでしょうか。

これはゲイでもノンケ、レズビアンなどセクシャリティは関係ありません。

 

HIVとAIDSの違い

簡単に言うと、AIDS (後天性免疫不全症候群)はHIVが原因で発症しえる一連の病気のことです。

HIVは、「ヒト免疫不全ウイルス Human Immunodeficiency Virus」の略で人の免疫細胞に感染してこれを破壊し、最終的に後天性免疫不全症候群 (AIDS)を発症させるウイルスです。

HIVがなければAIDSを発症することはありません。

近年の医学の発達のおかげで、投薬治療をしっかりとしていればAIDSを発症することは殆どありません。

 

死を選んだアテシの友達

アテシは毎年この日になるとある友達の事を思い出します。

アラバマ州に住んでいた頃。20代前半です。

ある友達がAIDSの苦しみから自殺をしました。

彼はアテシの当時の彼氏の親友でアテシも友達になりました。

彼はゲイであるとカミングアウトをしてから家族から追放され1人で住んでいました。

右も左も知らないアテシを弟のように接してくれました。笑い声が独特でw。

本当に良くしてくれました。

AIDSだと診断されてから彼が経験した事。

  • 健康保険をキャンセルされた
  • 会社を首にされた
  • 貯金を使い切った
  • 家賃を払えずに引き退き通知を受けていた
  • 病気の痛みに耐えれずに睡眠も食事もロクに取れていなかった

そんな中でした、彼が死を選択したのは。

もう疲れた。

そう言って去って行きました。

でも、アテシが忘れられない。忘れたらいけない。

そう思っているのはその後の出来事です。

 

忘れてはいけない

彼の死を知ったウチらですが、彼は家族からも勘当状態。

親や兄弟に連絡してもそんな男は知らないの一点張り。

遺体の処理をしなければいけないのに病院も慰霊処も取り合ってくれないんです。

ウチではAIDSで死んだ人は取り扱えない。

幾ら無知な人たちだからと自分たちの感情を理性で抑えようとしても無理でした。

怒りと絶望と人への不信感と。。。

兎に角、当時の彼氏と電話を描けまくりました。

友だち数人で数夜かけてやっと見つけたのが105km近く離れた街にあった慰霊処でした。

でも費用が。。。

ウチらだって余裕はなかったですよ。

そこから足で集めました。

ゲイバーに毎晩のように行ってそこに来ているお客に話をして少しづつ寄付金を集めて。。。

1週間でなんとか集められたのはバーのオーナーが大金を寄付してくれたから

それと、ドラッククィーンのみんな

3日間のチップを全額くれました。

 

さいごに

アテシが経験したことは珍しいことじゃありません。

あの当時どこにいても同じ経験をした人たちは山ほどいます。

もっと酷い経験をした人たちもいます。

今のような医学の進歩はあの当時自分たちを人として扱う事を拒否したそっぽ向いた医者や医学者、政治家たちに真向に挑んだ先駆者の人たちのお陰です。

核戦争を忘れないように、ゲイレベレーションの歴史も忘れないでほしい。

LGBTQと称するなら絶対に次の世代に伝えて欲しい歴史です。

自分たちだけじゃなです。

命とはどんな色グラスをかけても変わら無い尊しく不変もものだからです。

 

映画でも垣間見ることが出来ます。

この映画も


Longtime Companion 1990 Full Movie

 

こんなのも過去に書いています。